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人生を自由に生きたいと思った女子大学生が好きなアイドルや思ったことをかいています。

反抗期ってそんなにダメ?

反抗期ってそんなに悪いものだと私は思ってない。
反抗してから分かることだってあるから。

私にも11~12歳ぐらいは学校も友達関係も自分のことも嫌で好きなこと以外何もしたくなくて、小さなことで親に嫌味をいったりする反抗期があった。

けど、そうやって傷つけたり傷ついたりしたから考え方が変わったこともある。
「嫌なことばかり考えるんじゃなく、好きなことを考えて過ごしたほうが楽しいんだ」
とか
「人にいった悪口って返ってくるんだ」
とかね。
ただ教えられるより、経験して得られることのほうが自分に入ってきやすい。

親からしたら自分の子がグレるより、従順な優等生でいてくれたほうが都合はいいと思う。見栄もあるし、面倒ごと背負い込みたくもないだろうしさ。

今は一切強制感もなく、過保護のカホコのように仲良くやってる親子も多い。友達同士みたいに仲良くショッピングモール来てるのよく見る。別に他人の親子関係に口を出す気はないから仲良かろうが、悪かろうがどっちだっていいよ。

ただ私は人や物事に反抗することも覚えないまま生きてくのは、いつか心が空っぽになるんじゃないかなって思うだけ。

大人になって「何のために生きてるんだろう」って考えながら毎日過ごしてる人いっぱいいるけど、自分で「これがしてみたい」「これはやりたくない」って反抗して初めて分かること、私はあると思う。

だから反抗期って悪いことばっかりじゃない。自分を成長させるのに必要なことなんだ。

アンジュルムとプラチナ期

私は今のアンジュルム(以下アンジュ)はプラチナ期とは逆の方向にあると思ってる。

ここで、「ちょっと待って。あやちょが求めるアンジュルムの完成形ってプラチナ期だったよね?」って思うかもしれないけど、日に日にそこからは遠ざかってる、と私は考えてる。

そもそもプラチナ期って、高橋愛ちゃんを中心としたバランスのいいピラミッド構造だったはず。

高橋>田中>新垣・亀井>小春>道重>光井・ジュンジュン・リンリン

って感じにポジションに優先順位がつけられてた。

それに対して今のアンジュはどうかというと、それぞれのメンバーが個性を出せて、明確に優先順位はつけられていないわりと平等売りなスタイル。例え優先順位をつけるスタイルに変えようとしても、お互いの個性が強すぎて上手く格差つけられないと思う。

それと、曲やパフォーマンスもプラチナ期とアンジュではカッコイイの意味が違う。プラチナ期は儚さのある“キラキラしたカッコよさ”で、アンジュはしぶとさのある“ギラギラしたカッコよさ”。似ているようで別物のカッコよさなんだよね。まあ、でもこれは曲や振り付け次第なところもあるかな。

冷めたことをいうと、別にプラチナ期目指さなくてもいいからアンジュにはアンジュに合ったものを目指してほしいって私は思う。プラチナ期とは全く別物のスタイルをもう持ってるし、今の個性重視なバラバラさを武器に、振り幅のある曲を歌って踊れるグループになってほしい。

スマイレージからのファンも、今のギラギラしたアンジュのカッコよさだけじゃなく、スマイレージ当時に似た可愛さだって求めてるだろうし、もっと柔軟にできたらいいなぁって思う。

新規と古参問題

新規も古参も仲良しこよしなんて別にしなくていい。いがみ合いたくなる気持ちがあって当然だから、って私は思ってる。

正直、新規も古参も傍から見たら同じ集まりにいる人だし、私はこういう言葉で自分を縛り付けたくないから「ファンはファン」でいいと思うところもある。でも、一括りにしていいのかっていう想いもある。

同じファンであっても応援の仕方も過ごしてきた時間も違うし、考え方も違うばらばらな存在。それなのに「ファンは平等」っていうのは少し息苦しさを感じるし、平等って思えば思うほど「平等なんだから出しゃばるな」ってならないかなぁと思う。

だから古参と新規って括りを無理に失くさなくても、「古参」「新規」ってぶら下げたまま、意見がぶつかり合うぐらいがいい。言葉選びは気をつけないといけないけど、白黒つけずに思うこと言えるほうが絶対にいいから。

自分と仲良くなれる人を集めた訳じゃないし、それぞれの思い入れはやっぱり大事にしてほしい。想いは人それぞれで、ばらばらで一つに交わることのないものだから。

君に届けと自分を重ねて

椎名軽穂先生の「君に届け」は今29巻まで出ていて、どうやら30巻で終わるそう。

読み始めた時は中学生か高校生くらいだったけど、今や登場人物より年上になって、見方もだいぶ変わったなぁって思う。

恋愛よりも、いかに自分の殻を破るかっていうのがこの作品の面白いところだと私は思っていて、大人からしたら「なんでそんなことで悩むんだろう」ってことにも全部ぶつかっているのがいいんだよね。

高校生が絶対にぶつかる進路も、普通なら「とりあえず入れそうな大学行けばいいっしょ」って無責任に考えがちだけど、この作品は「ここの大学挑戦してみたい」「この学部でやってみたい」って自分なりに一生懸命決めてる。地元離れなきゃいけないとか犠牲にすることもちゃんと分かった上で。

こういうひたむきさが、やりたいことも特になかった高校生の頃の私にはあんまりなかったなぁって思って、すごく眩しく感じた。でもだからって「もうこの年齢になったらひたむきになんてなれない」っていうことはない。今からでもひたむきになれば、誰もが爽子たちのようになれるんじゃないかって私は思うな。


個人的に、「矢野あやね」っていうキャラクターの性格が自分と似てるところがあって、1番感情移入して見てた。
あやねは、一見大人っぽくて器用そうに見えるけど、実は自分に自信がなくて、子どもっぽい一面を持っている子。

私も人からはわりと大人っぽいみたいなこと言われるけど、本当は他人の話なんて何とも思っちゃいないわがままな部分もあって、臆病で素直になれないあやねをもどかしく感じちゃう。

大人っぽくしてるほうが上手く立ち回れるのも確かだから、時間が経てば経つほどなかなか殻を破れなくなるもの。自分と周りとのギャップに悩んだりするのもそのせいなのかなと思う。周りが望む自分じゃなく、自分が望む自分でいるのが1番だと今では感じるけど、そこに気づくのには時間がかかるものだよね。そんなことをあやねを見て思った。

こんなに自分と重ねて見た作品もちょっと珍しかったな。ラストまで駆け抜けられるように応援しています!

最後の夏休み

学生生活最後の夏休みが始まろうとしてる。っていっても春からほぼ夏休み状態だから生活リズムは変わらないけど。

1年前の私は「インターン」っていう言葉に怯えてた。やりたいことも興味のあることも見つからない自分に少し焦り始めた時期だったと思う。「何かしないと」って分かっていても心の中では「何もしたくない」っていう気持ちが勝ってて、結局インターンなんて行きもせず終わったんだよね。

今思えば、この「何かしないと」が負担になってたんだなぁって思う。「これがしたい!」って思った先に「じゃあその為には○○しないと」だったらやる気出るけど、特にやりたい訳でもなく「○○しないと」っていうのはやる気出ないし、後々自分の心の溝を深めることになる。これだといつか身も心も破綻しちゃうもの。やらされてるように感じちゃうからね。

でも、そんな「何かしないと精神」から今は解放されて、今年の夏休みは去年よりも余裕を持って過ごせる気がする。あんまり深く考えすぎず、自分に合った生活をしていくつもり。じゃないとまた思いつめちゃうし。

こんなことをかいてると、つくづく自分って子どもっぽいなーって思う。やりたくないことも「仕方ない」って受け止めるのが大人だから。(嫌味っぽいけどホントにそう)
まあ、それなら一生子供っぽくていいかなって私は思うけどね。そのほうが楽しい。

2017上半期楽曲大賞~アニソン部門

前回のアイドル部門に続き、今回は上半期に発売されたアニソンからベスト3を発表!

 

3位 ID-0/佐咲紗花

フルを最初に聴いたとき、1曲が濃くて3曲くらい一気に聴いたような感覚だった。普通はAメロかBメロで、サビに向けてメリハリをつけるために抑え目にするところがあるけど、この曲で抑え目なところって、冒頭の「物語が今始まる~♪」のところだけ。後は全部いけいけどんどん!で攻めまくり、押しまくり。


特にサビの締め「魂ごと揺らせ揺らせ~♪」はとどめの一撃。その前のメロディーで瀕死状態なのに、まだ攻める?みたいな。隙を与えてくれません。

おまけに1曲歌ったら痩せられそうなくらいメロディとリズムがめちゃくちゃ難しくて、歌いきれるさや姉すごいなぁって本当に感心した1曲。

 

2位 一切は物語/南条愛乃feat.やなぎなぎ

民族音楽っぽい楽器の音もありつつ、ストリングスで物々しい雰囲気も出ていて、インストだけでも世界観が出来ているのがいいなぁと思ったポイント。


堅い言葉が歌詞に多くて、難しく捉えそうになるけども、「自分で選んだ答えがあなたの物語(人生)になるんだ」っていうことだと私は思ってる。


日本ってみんなが右っていったものが正しいとされてるから、「じゃあ私も右」ってなりがち。でも、本当は左を選びたいなら左でもいいんだよね。大事なのは自分の意思で前に進むことだから。


歌詞の受け取り方は人によってまた違うとは思うけど、素敵なメッセージに感じたな。

 

そして1位は・・でん!

 

1位 平行線/さユり

アニソンっていうよりもJ-popなんだけど、この曲がEDになってる「クズの本懐」と同じくらいの報われなさがじわじわ刺さった。


歌詞もメロディーもさユりちゃんぐらいの年齢の子が特に敏感に感じるんじゃないかな。理屈も全部分かってるけど世間を少し斜めに見たくなるこういう感性って大人とも子供とも言い難い17~20歳ぐらいに一番あると思うから。20歳すぎて社会人になり始めたら、段々と「全部仕方ない」ってなってくる人が多いだろうし大事だよね、こういう感性があることは。


細かいところになるけど、サビ前の「言葉になりたい~♪」のところでドラムの音が段々早くなるアレンジが好きで、そこでいつもテンションが上がってる。ここがサビへ行く前を上手く繋いでくれて、より勢いづいたサビに聴こえるんだろうなあって思う。

 

3曲とも曲調バラバラだけど、アニソンってなるとこの前のアイドルの時より歌詞に視点を置いて見てるのは共通点だなと思った。アニソンってアニメを実際に見てなくても聴くだけで少しストーリーが見えたりして、世界が広がるから面白いよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宗教上の理由」って言葉

Twitterでたまに目にする「宗教上の理由で~」っていう言葉。特定の何かを熱狂的に愛す人を信者、その集まりを宗教として例えて

「本当は公式に出てないこの新情報をみんなにRTしたいけど、宗教上の理由で控えます」
みたいなことをネタ半分に言うことを指すんだけど、また使い勝手のいい言葉が生まれたもんだなぁという印象。

私もアイドルとかが好きだから、熱狂的なファンがつくような集まりには属してると思うけども、まぁネタとしてでも使いたいとは思わないな。自分の言葉でちゃんと思ったこと言ってくれるほうが好きだし、面白い。

結局のところ「私は○○を愛してる人間である以上、こういうことはしないから(ドヤ)」っていう自己主張を誇張した気持ちの表れだから、そんな押し売りされても「はぁ、そうですか。ご自由に」としか言いようがないんだよね。冷たいって思うかもしれないけど、そんなもん。正しいことをした自分に自信を持つのは結構なことだけど、回りくどい言い方しないで、そんなのストレートに自慢してくれればいい話。


私はファンやってて「この人のファンたるもの、こうでなきゃ!」っていうことはないから、人としてのマナーをわきまえて自分が楽しめればそれでいいと思ってる。

「宗教上の理由で~」っていう言葉を使って、遠回しに自慢げにファンであることをアピールするより、「この人のファンになれて本当に楽しい!」って気持ちを応援してる人に少しでも分けてあげてほしいな。